スティーブ・ジョブスがこの世を去って8年。Appleの復活劇以降のジョブスの話はよく読んだ記憶があるが、Appleを追放されて戻ってくるまでのジョブスについてはあまり知りませんでした。有名な「スティーブ・ジョブス1&2」でもネクスト時代のものが多く取り上げられており、実際にジョブスをビジネス界に押し上げたPIXARでの成功については関わり方はさらっと書かれていた気がします。(読んでもすぐ忘れてしまうため、実際は書いてあったかもしれません。。。)
いろんな方の「よかった」という書評を得て、ちょうど今開催している「ピクサー展」も気になるし、Amazonで他の本と一緒にカートに入れました。「PIXAR」、久しぶりに読み始めから一気に読み切った本でした。
あらすじ(かなりアバウト)
ピクサーはルーカスフィルムからスピンアウトしたチーム。当初はハイエンドな初ハイエンドな画像処理のコンピューターを開発していたのでジョブスはそこに目をつけてオーナーとして買い取りましたが、最終的にはいくつか特許を持っていたもののコンピューター開発は断念していた。
それ以降アニメーションに注力して「Toy Story」を制作していたものの、経営・オーナー側のジョブスと現場のクリエイター側の関係もよくなかったこともあり、事業継続ができるかどうかわからない状態。毎月足りない資金をジョブスが個人で入れており、総額5,000万ドルを超えていたいう。。。そこにローレンス・レビーが抜擢され経営側に送り込まれる。
ローレンス・レビーあらゆる課題を感じながら、チームが持っているクリエイティビティと技術力に徐々に新しい何かを生み出す会社だということを確信得て、チーム「PIXAR」の文化を守るために奮闘。ディズニーと結んだ不平等と思える契約からピクサーを守り、新しいビジネスモデルとしてIPOし制作資金を調達するためにジョブスとピクサーの価値を高めることに注力する。
そして想像をはるかに上回る「Toy Story」の成功はテクノロジーがエンターテインメントを前進させる強力なものだということを証明し、直後のIPOの大成功によりジョブスはビジネス界に返り咲く。その後もジョブスとローレンス・レピーはピクサーをピクサーブランドのために妥協しない姿勢、誇りを貫き、ディズニーという大帝国から弱小なピクサーが対等な関係を築く。そして2006年、ディズニーにピクサーのクリエイティブな文化を守った上で、売却を大成功させる。
以上が主なストーリーだったと思います。その中で私なりに「PIXAR」の中で感じたことを3つにまとめてアウトプットしてみたいと思います。
「自分の直感を信じる」
本作で語られている軸の一つとして、新しいことの価値を自分が気付いているのに、市場的価値がまだ見えずリスクが大きく、客観的に評価することができないときに、どのような判断軸を持つべきかということだと思います。
今でこそ「PIXAR」というブランドはよく知られていますが、当時は長編映画も作ったことがなく、なんの実績もないチームでした。チームが作るアニメーションの試作「Toy Story」は確かにすごいが、制作工程は常に遅れ気味で、ディズニーサイドからの注文もあり、やり直しが続き、実際に完成するかどうか、ましてそれが成功するかどうかも分かりませんでした。ジョブスの個人資産を含む大量の資本を食いつぶし、それでも事業の方向性を定まっておらず、どうやって事業を成長させるかはジョブス自身もアイデアを持っていない状態だったのです。
その中で筆者のローレンス・レビーが「PIXAR」の立て直しに参画するときに「自分の直感を信じた方がいい」というアドバイスを受け、スティーブ・ジョブスのオファーを承諾することにしました。あらゆるリスクがある中でも、それに自分が確かな価値を見出したとき「自分の直感を信じる」こと、信念に立ちもどりそれを貫くことの価値を教えてくれます。
クリエイティブチーム(現場)を信頼する
「PIXAR」の難しいところは技術やアニメーションが素晴らしくてもヒットしないと事業が成り立たないということでした。しかも映画は全てがヒットする訳ではないですし、有名な俳優を起用してもヒットする訳でもなく、10本中1-2本当たればその他の赤字映画は回収できる、というような博打的なビジネスなので、そのクリエイティビティを経営的に判断し、採算性やマーケティングデータと擦り合わせることは難しい作業です。
ディズニーでは経営側がクリエイティブサイドに入って、リスクコントロールをしていたようですが、本書では経営陣が最終的にクリエイティブに対する判断をジョン・ラセター率いるクリエイティブチームに任せると判断する場面があります。一つのやり直しが膨大な損失を生む中で(映画1本で4,000-5,000枚の絵コンテを5,6回書き直しになることもあるという。。。)、クリエイティブチームを信頼し、クリエイティブを優先して素晴らしい作品を生むことにフォーカスする姿勢はどんなビジネスにも通じるところがあると思います。ピクサーのチームは最終的にその期待に答え、アニメーション界を変える作品を作りました。
信念を貫くことが新しい価値を作る
ピクサー社のIPOまでの話はまるで出来過ぎの映画のようですが、それを導き出したのは自分たちが作っているものに対する誇りとそのための信念だと思います。それには多くの問題とリスクがありました。
当初スティーブ・ジョブスとピクサーのクリエイティブチームには大きな感情的な隔たりがありました。ピクサー派とスティーブ派に分かれており、ストックオプションの未実現による不満やジョブスから認められていない、というような感情があったようです。(ジョブスはそれまで自腹でそのチームを支えてきていた。)
またディズニーとの不平等条約などに縛られており、そのままだと興行収益を上げても、ピクサー社の収益にはあまりならず、ブランドも文化も残すことが難しい状況です。
スティーブ・ジョブスもAppleから追放されてネクスト社の次世代型のコンピューターの開発もピクサー社のハイエンドな画像処理コンピューターも失敗しており、次の出口を見失っている状態でした。
そもそも経営チーム自体がアニメーションがどのように収益を見込んで持続的な成長を描けば良いか、そのビジネスモデルを知りませんでしたし、ディズニーという大きな牙城の中で「PIXAR」ブランドをプロモートできるかも分からず、投資家を集めるための金融機関のコネクションも持っていませんでした。
おそらく賢い人ならすぐ撤退を選ぶだろうし、実績のない弱小企業と考えれば大きいディズニーに呑まれながらうまくやる方法も考えられたでしょう。
しかし彼らは自分たちの作品を愛していたし、それに対する誇りを捨てませんでした。「PIXAR」ブランドのためにクリエイティブチームも経営も妥協しませんでした。
そのために一時的に破談になったとしても、最終的にディズニーに対してもクリエイティブに対する判断の権限や「PIXAR」ブランドを正当に扱うことなどの条件を勝ち取りました。
また「リスクが高い」とモルガン・スタンレーやゴールドマンサックスなどの大手の金融機関には手を引いたが、ロバートソン・スティーブンスという「ガッツあるパートナー」を引き寄せたのも彼らのもつクリエイティブに対する情熱と信念です。
色々な状況が不利に見えても、最終的に人を動かしていくこの信念こそが新しい時代を作る原動力であり、世の中に価値を生み出し世界を変えていくというのは、とても面白いことだと思いました。
さいごに
本書ではApple社、ネクスト社、ピクサー社と失敗続きだったスティーブ・ジョブスの言動が細かく書かれています。力を失ったジョブスがどのようにもがいて、復活していったかが垣間見れます。
そしてクリエイティブなチームが「Toy Story」以降の多くの作品を作れたのは、自分の思い通りの会社の形ではなかったとはいえ最後までピクサー社を支えきって、最終的に市場価値を最大限に高めたジョブスの存在があったからこそだと思います。
スティーブ・ジョブスの強気な姿勢とローレンス・レビーの期待値をコントロールし伸び代を持ちながらの値付けの交渉などの様子、公開直後に行われたIPOの流れ、そして最終的に語られているクリエイティブチームとジョブスとの信頼関係などはジョブスの経営に対する柔軟性が見ることができます。またこのピクサーの経験が、その後のAppleのクリエイティブでイノベーティブな製品群の開発と経営バランスを生み出したと考えと、AI/ロボット時代に新たなクリエイティビティを模索する起業家やクリエイティブチームにとって、とても示唆の多い本だと思いました。